感覚の広がり
私たちは誰でも、身の回りにいる生きものに感情移入し、その感覚を自分の体の一部として感じとることができるようになります。
それは同時に、私たちの心が、何ものからも解放され、感覚の広がりを味わえる瞬間でもあるのです。
たとえぼ今、私たちの心は気流にのって飛ぶタカとともに、高い空の上で翼をゆっくり上下させ、あるいは傾斜させています。
眼下を遠ざかる木々がサアッとなびくのは、まるで風が生命を吹き込んでいるようです。
ウズラの群れが驚いてバッとはじけるように飛びたつと、私たちの軽く過敏な胴体はブルッと震えを起こすでしょう。
はるか下方の谷間に目をやると、雨上がりで増水した水が、所々白いしぶきを上げて走り落ちています。
そのゴウゴウという絶え間ない音に聞き入る時、心はさらに遠くの山脈を越えた見知らぬ世界へと誘われるのです。
探検家であり博物学者でもあったジョン・ミュアは、シエラネバダ山脈の中を歩き回っている時、1日のつもりがいつのまにか何週間にもなることがあったと言います。
そんな時、彼は最低限必要な食糧も、暖かい衣服も、眠るための毛布も持ってはいませんでした。
ただ美と孤独を愛する気持ちで充たされ、それに支えられていたのです。
自然が彼の心に育んだ思いを、彼はこう書き綴っています。
「静歩して心の赴くままに向い行き、山にあることの自由を賞味せよ。
峰々をよじ登りて、そのよきおとずれを受けよ。
陽光の木々に降り注ぐごとく、自然界の平和は汝が心に充ち溢れん。
すがしき風力強き嵐またそこに吹き入れば、世の愁い秋方の朽ち葉のごとく放れ落ちん」ジョン・ミュアのように、私たちが心を開いて自然の世界へ入っていく時、これまで思ってもみなかったすばらしい経験に出会うことができる一私はこのことがようやくわかるようになりました。
自然がもたらす、この豊かな喜びを、もっと広げていくならば、私たちはやがて世界のさらに奥深い部分から届けられるインスピレーションを受けとることができるようになるでしょう。