夢見たバイクとガソリン事情
性能上の劣性がこれの衰亡の主因ではなかったでしょうか?
・・・なお、それと合わせて、戦時中は「ガソリンの一滴は血の一滴」の標語にも見られる事情がきいたと思います。
ともかく、当時の人々は、自転車の荷台に30kgくらいの荷物を積むことはざら・・・。
それで1日100kmくらいも走行したそうですが、それでいて、補助エンジンを付けたいなどという大それた欲望はとても起きなかったのです。
しかし、戦後の昭和27~28年(1952~1953年)ごろとなると、ガソリン事情はずっと好転しました。
しかし当時の人々の懐具合の回復ははかばかしくなく、とてもスクーターには手が出ません。
それに比ベバイクモーターなら1/3くらいの値で入手できるので、わたしの祖父などもまずそれに飛びつき、ようやくにして長年夢みたドライバーの仲間入りができたという次第でした。
今売られている電動スクーターくらいの値段だったら手に入りやすいのですけどね。
・・・なお、この大流行をきたすことの技術的理由も重大です。
それは、そのころになってようやく2サイクルエンジンの性能が上がり、エンジンの排気量が50cc・・・
あるいはそれ以下(25cc程度)でも自転車を走らすに十分なほど伸長したということです。